名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)990号 判決 1988年6月10日
原告
国
右代表者法務大臣
林田悠紀夫
右指定代理人
関島勲
同
鈴木邦介
同
兵藤富夫
被告
山田鈑金工作所こと
山田晃義
右訴訟代理人弁護士
小久保豊
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金六〇七万七一三〇円及び内金六〇七万六五三五円に対する昭和六〇年五月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
昭和五七年五月二日午前一時四五分ころ、愛知県刈谷市小垣江町本郷下四四番三先交差点において、訴外中根富士夫(以下「訴外中根」という。)運転の小型特殊自動車(フォークリフト、以下「本件車両」という。)が左折した際、その左側を小走りで伴走中の訴外大島明(以下「訴外大島」という。)を同車左側面で道路左側ブロック塀に強圧・転倒させ、同人を脳挫傷により死亡させた(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告は、本件車両を保有するものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償責任を負う。
3 損害
訴外大島は、本件事故により少なくとも以下の損害を被った。
(一) 葬儀費 一八万五七〇〇円
(二) 逸失利益 一七七六万五三五円
訴外大島は、本件事故当時一五歳の男子であったので、一八歳男子の平均給与月額一一万七二〇〇円を基礎とし、生活費を五〇パーセント控除し、一八歳から六七歳までの逸失利益を算定すると、次のとおり一七七六万三五三五円となる。
117,200×12×(1−0.5)×25.261=17,763,535
(三) 慰謝料 七〇〇万円
(四) 過失相殺による減額
訴外大島の過失割合を七五パーセントと認め、これを総損害から減額する。
4 相続
訴外大島は、本件事故により死亡し、同人の有する損害賠償債権を、同人の父母である訴外大島政光及び大島伸子が相続により承継取得した。
5 自賠法七二条一項に基づく損害のてん補
本件車両は、自賠法に基づく責任保険の締結されていない車両であったため、自賠法七二条一項に基づき、昭和五八年一一月四日自賠法七七条に基づく業務委託会社である日本火災海上株式会社から右相続人らに対し、損害のてん補金六〇七万六五三五円が給付され、原告は、その後同月二九日同会社に対し右てん補金を支払った。
6 自賠法七六条一項に基づく代位
右給付の結果、原告は、自賠法七六条一項に基づき、右給付額を限度として訴外大島の前記相続人らが被告に対して有する損害賠償債権を代位取得した。
7 よって、原告は、被告に対し、損害賠償金六〇七万六五三五円とこれに対する昭和五八年一一月三〇日から昭和六〇年五月三〇日までの間の年五分の割合による遅延損害金の残金五九五円との合計金六〇七万七一三〇円の支払及び右内金六〇七万六五三五円に対する昭和六〇年五月三一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は事故態様を除き認める。事故態様は不知。
2 同2は否認する。
3 同3は否認する。
4 同4ないし6は不知。
5 同7は争う。
三 被告の主張(抗弁ないし反論)
1 運行供用者性について
(一) 被告は、本件事故当時から現住所に居住し、自宅から車で約一五分ぐらい離れた刈谷市小垣江町本郷下四七番地の工場(以下「本件工場」という。)において「山田鈑金工作所」という商号で鈑金業を営み、本件車両を所有し、本件工場内でこれを占有・管理していた。
(二) 本件車両は、もっぱら構内において荷物の積み降ろし作業に用いるフォークリフトであるが、訴外中根は、被告と雇用関係のない第三者であり、本件事故発生日時の直前の深夜に、本件工場から本件車両を被告に無断で持ち出し、本来の使用目的に反して工場外の道路を走行して本件事故を発生させたものであり、いわゆる泥棒運転にあたるから、訴外中根が運行供用者責任を負うものである。
(三) また、被告には、本件車両の管理上も過失がない。
(1) 本件車両は、夜間は暗い本件工場内の各種機械に囲まれた奥の中央(訴外中根が乗り出したと思われる西側のシャッターから東へ約一四〜五メートル離れた所)に置いてあり、容易に外に持ち出し得ない安全な場所に保管してあった。
(2) 被告は、事故前日は午後一〇時ころまで本件工場内で作業していたが、最後に工場を出る際被告の妻が西側のシャッターを下ろして工場を閉鎖状態にした。
(3) 本件工場には、西側のシャッターの左から階段で上がる二階部分があり、被告の長男勝義(以下「勝義」という。)が寝泊まりしているが、勝義の友達が遊びに来ることはあっても、広い工場内を自由に出入り通行できる状態ではないし、事故当時勝義は本件工場にはいなかった。
(4) 事故直前に本件車両にエンジンキーが差し込まれた状態であったとしても、閉鎖された工場内に保管する場合であるから、これを路上駐車中の自動車にエンジンキーをつけたまま放置した場合と同一に論じることはできない。
(5) 以上の事実に照らすと、被告は、本件事故当時運行供用者性を喪失しており、運行供用者責任を負わない。
2 相当因果関係について
本件車両にエンジンキーを差し込んだままであったとしても、第三者の自由な立入りを禁止する構造を有する工場内に保管してあった本件の場合は、これを窃取した訴外中根が惹起した事故による損害との間には相当因果関係がない。
3 他人性について
訴外大島は、訴外中根が本件車両を窃取して運転する際、訴外中根の運行に同調し、便乗していたものであり、その後本件車両を降りて伴走していたとはいえ、本件車両の運行を支配し、運行利益を享受していたものであり、共同運行供用者にあたるから、自賠法三条の「他人」にあたらない。
4 政府の保障事業について
(一) 政府が自賠法七二条一項によって損害をてん補する場合は、自動車の保有者が明らかでない場合(同条前段)と、責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者が、第三条の規定によって損害賠償の責任に任ずる場合(その責任が第一〇条に規定する自動車の運行によって生ずる場合を除く。)である(同条後段)。
(二) 自賠法一〇条によれば、責任保険の契約の締結強制の規定(五条)などは、国などが政令で定める業務又は用途のため運行の用に供する自動車及び道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車については適用しないと定めている。
(三) 本件車両は、いわゆる構内自動車すなわち道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車であるから、自賠法七二条一項後段かっこ書により、本件事故についての損害は、政府の保障事業の範囲外であり、自賠法七二条の適用の余地はない。
したがって、原告の請求はこの点からも失当である。
四 被告の主張に対する認否、反論
1 運行供用者性について
(一) 被告の主張(一)の事実は認める。
(二) 同(二)のうち、本件車両がもっぱら構内において荷物の積み降ろし作業に用いるフォークリフトであることは認めるが、本件が訴外中根の泥棒運転にあたるとの点は否認する。
訴外中根は、被告の長男勝義とは元暴走族グループの仲間であり、本件事故前日の夜も勝義の住む本件工場二階に遊びに来ていたものであるから、被告と全く人的関係がない第三者とはいえない。また、訴外中根は、あとで本件工場内に戻すつもりで本件車両を一時使用したにすぎず、被告の運行支配は失われていない。
(三) 被告には、本件車両の管理上も過失がある。すなわち、被告は、本件工場西側のシャッターを下ろして工場を閉鎖状態にしたというが、施錠されておらず、訴外中根らが自由に出入りできる状況にあり、また、本件車両の持ち出しも容易であった。
しかも、本件車両にはエンジンキーが差し込まれたままの状態であり、第三者の運転がいつでも可能な状態にあったうえ、当夜来合わせた被告の三男輝義(以下「輝義」という。)は、訴外中根に対し、本件車両の運転を助長し、かつ、運転操作を教示する等の言動をしているのである。
2 相当因果関係について
被告の主張は争う。
3 他人性について
訴外大島が本件車両に便乗したり、伴走したりすることによって好奇心を満足させ、その運行による利益を享受したとしても、本件車両に対する支配の程度、態様は、本件車両を運転していた訴外中根のそれに比較してはるかに間接的、潜在的、抽象的であるから、訴外大島が自賠法三条の「他人」にあたることは明らかである。
4 政府の保障事業について
自賠法七二条一項後段かっこ書によれば、いわゆる構内自動車のように本来責任保険契約の締結が強制されていない自動車の運行により生じた損害については、政府の保障事業の適用が受けられないとするのが原則である。
しかしながら、右かっこ書の規定の趣旨は、いわゆる構内自動車を法の定める使用目的の範囲内で運行の用に供する場合においてその運行によって被害を生じたとしても、その損害を政府の保障事業に請求できないとする趣旨であって、この種の自動車が同法一〇条にいう道路に乗り出して事故を惹起した場合まで政府の保障事業をしてはならないとするものではない。
なぜなら、自賠法一〇条にいう「道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車については適用しない。」とする趣旨は、あくまで責任保険の適用除外車について定めたものであり、同法五条及び七条から九条の三までの規定の適用を除外するに止まるもので、自賠法のその他の条項の適用は排除していないからである。
また、いわゆる構内自動車がその使用目的を逸脱して道路上に乗り出し、事故を惹起させ、不特定の第三者が損害を被った場合においてまで同法七二条の適用がないとすると、等しく交通事故の被害者でありながら、責任保険、責任共済又は労災保険等の保険制度並びに政府の保障事業のいずれの制度からも救済を受けることのできない者が生じることになり、政府の保障事業制度を設けた自賠法の目的・趣旨からも相当でない。
よって、本件に自賠法七二条の適用がないとの被告の主張は失当である。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(事故の発生)は、事故態様を除いて当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、訴外中根運転の本件車両が事故現場交差点を左折した際、その左側を小走りで伴走中の訴外大島を同車左側面で道路左側ブロック塀に強圧・転倒させたことが認められる。
二同2(責任原因)について判断する。
1 被告が本件事故当時、自宅から車で一五分ぐらいの場所にある本件工場において、「山田鈑金工作所」という商号で鈑金業を営み、本件車両を所有し、本件工場内でこれを占有・管理していたこと、本件車両は、もっぱら構内において荷物の積み降ろし作業に用いるフォークリフトであることは、いずれも当事者間に争いがない。
2 <証拠>によれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 訴外中根と被告の長男勝義とは、昭和五七年四月一五日解散した暴走族グループを通じて交友関係のある仲間であり、解散後もグループの仲間が集合することがあり、本件事故前日の同年五月一日夜、訴外中根をはじめとするグループ七、八人と訴外大島及び被告の三男輝義が本件工場二階の勝義の居住する部屋に集合していた。なお、勝義は夕方から出かけており、本件事故前は不在であった。
(二) その後(五月二日)午前一時すぎころ、グループのうち四人が帰り、訴外中根も帰ろうとし、たまたま一階の工場へ降りてきた際、本件車両を見つけ、好奇心から一時使用するつもりで本件車両の運転操作を開始した。このとき、本件車両は工場西側のシャッターから約12.7メートルのところにエンジンキーをつけたまま保管されていたが、訴外中根はエンジンキーを回し、レバーをバックに入れ、建物の中から敷地まで後退して出てきた(なお、右シャッターは仲間の誰かが開けたものと推認される。)。
(三) そして、訴外中根は、建物から約8.2メートル出たところで運転をやめ、そこからは訴外中沢富成(以下「訴外中沢」という。)が本件車両を運転し、訴外中根及び同大島らが同乗して工場敷地から道路へ乗り出し、その後、また訴外中根が訴外中沢に替って本件車両を運転するようになり、訴外大島は本件車両から降りて小走りで伴走中、本件事故が発生した。
(四) 他方、被告は、事故前日は午後一〇時ころまで本件工場内で作業をしていたが、最後に工場を出る際被告の妻が西側のシャッターを下ろして工場を閉鎖状態にしており(もっとも施錠はされていない。)また、本件車両は、夜間は暗い本件工場内の各種機械に囲まれた奥の中央(西側シャッターから約12.7メートル)に保管してあったので、被告としては、まさか深夜の午前一時半すぎに本件車両を無断で持ち出し、本来の使用目的に反して道路上に乗り出す者がいるとは予測できなかった。
3 以上の事実関係に照らして判断すると、訴外中根と勝義との間に交友関係があり、また、事故前に輝義が訴外中根と共にいたとしても、このことから、被告と訴外中根との間に、本件車両の使用を許容するような人的関係があるとすることには論理の飛躍があり、訴外中根の運転行為は第三者による一時使用目的の無断運転行為であると認められる。
なお、前掲甲第五号証の一四及び一七の中には、輝義が訴外中根に「リフトがある」旨述べたとか、輝義が最初に本件車両のレバーを倒したとかの言動を認めうる供述記載部分もあるが、右各証の全体の趣旨に照らして判断すると、訴外中根による本件車両の無断使用について、輝義の右言動が積極的影響を与えたものとは認められず、右言動を部分的に捉えて、これを被告の管理責任に結びつけることは相当とはいえない。
4 ところで、自賠法三条の運行供用者責任の有無を判断する場合、当該具体的運行の支配という観点からすれば、無断運転者が運行供用者責任を負うのであって、本件の場合は訴外中根が運行供用者責任を負うことになる。
問題は、右に加えて、無断運転をされた保有者もまた運行供用者責任を負うか否かの判断である。この場合は、一般的・抽象的には保有者は運行供用者責任を負うが、具体的な運行については運行支配を排除され、運行供用者責任を負わない場合がありうるのであって、保有者が当該車両について人的物的管理責任を果たしているか否かが重要な判断要素といえる。
これを本件についてみると、通常の自動車は、道路上を運行するのを当然の前提としているから、それに見合う管理方法が要請されるものであるのに対し、本件車両は、本来道路以外の場所のみにおいて運行することが予定されている車両であるから、その管理方法も通常の自動車とはおのずから異なるものであり、本件をエンジンキーをつけたまま路上ないし空地に駐車して放置した場合と同一に論じることはできない。
そして、前記2(一)ないし(四)認定の事実関係に照らすと、被告は、未成年の息子たちの交友関係について多少監督不十分の点が見受けられるが、前記3判示のとおり、このことから直ちに本件車両について人的管理責任を怠ったものとまでは認められない。
また、被告は、いわゆる構内自動車である本件車両を、シャッターを下ろして一応外部から閉鎖状態となった工場内の中央部分に他の機械と共に保管していたのであるから、たとえエンジンキーをつけたままで置いてあったとしても、不備があるとはいえず、物的管理責任を怠ったものとまでは認められない。
5 そうすると、本件の場合、自賠法三条の運行供用者責任を負うのは無断運転者である訴外中根であって、それ以上に被告にまで運行供用者責任を負わせることは相当ではないといわざるを得ない。
三なお、原告が自賠法七二条に基づき政府の保障事業として訴外大島の相続人らに損害のてん補を行った点について付言するに、成立に争いのない甲第一六号証の一ないし三(運輸省地域交通局自動車保障課監修の「自動車損害賠償保障法」の抜粋)及び弁論の全趣旨によれば、道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車が道路上で事故を惹起した場合には、被害者(ないし相続人)は政府の保障事業を請求することができるものと解され、実務上そのような取扱いがなされていることが認められるから、本件の場合、原告が無断運転者である訴外中根が自賠法三条の運行供用者責任を負うことを前提として保障事業を行ったことは、責任保険、責任共済又は労災保険等の保険制度によって救済を受けることのできない被害者を救済しようとする保障事業制度の目的、趣旨に合致するものであり、その限りにおいて是認できるものであるといえよう。
また、国の債権管理の面をみても、<証拠>によれば、原告は、本件事故について自賠法三条の運行供用者責任を負う訴外中根に対し求償権を行使し、両者間に即決和解が成立していることが認められるから、それ以上に被告に対して求償できないからといって、債権管理上問題とすべきではないであろう。
四以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官芝田俊文)